忘れっぽいおばちゃんの日常の出来事をメモしておこう。 私の可愛いファミリーの写真もいっぱい載せようと。。。 自己満足なブログです!
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2010年04月28日 (水) | 編集 |
長く感じられた介護生活が終了いたしました。

祖母通称JaJaは、その日もお昼頃「お腹が空きましたー!」
と叫びながら起きて、マグロのお寿司1カン、アナゴ1カンを食べ
アジの干物でご飯をお椀1杯たいらげました。

ちょっと今日は痰絡みがあるねと思いながら、少し吸引をし
意識混濁?とも思いましたが、叫ぶのはいつもの通り、「JaJa この指何本?」と聞くと
ちゃんと答えるので、「ん~ わからん」「状況がまったく掴めん。。。」

と思っていたら、叔母が吸引をしたのを最後に叫ばなくなってしまいました。
「あらら???」
それから、30分位たち、そろそろジョクソウの処置でも、、、と思っていると

見に行っていた従姉妹が、「???JaJa???」
「おばぁ!おかぁ!」と呼ぶので
「???死んだ???」

本当に不謹慎に感じられる方もいらっしゃるかも知れませんが、ほんの30分前まで叫んだり食べたり
叫びながら、私たちの言葉に返事をしたりしていたので
次の呼吸を待ってしまいました。
いくら待っても、次の呼吸がないので
あら?死んじゃった?

と、とても呆気なく
あんなに手こずっていたのに、あら?もう終わり?
何だか拍子抜けしてしまいました。

急いでDr.に電話をすると前日が往診日で様子を見ていたので、お医者様もビックリ!
あわてて、来てくれました。(もちろん、時間外)

連絡がつかなかった、親戚の人も居ましたが
きっとJaJaが直接お別れに行っているだろう ということで。。。

こういう時ってなんだか不思議なんだけど、以外な人が弔問に来てくれたり
本当に「ありがたいな~」と感じる。

でも、色んなことを一度に何人もの人から聞かれるのでどれに答えているんだか
自分がわからなくなってきてしまった。。。
で、家の父親に(こういう時必ず仕切りたい人)「おねが~い」とか言っちゃって

殆ど頼んでしまったので、若干JaJaの歴史がニュアンスの違うものに出来上がってしまったが
まぁ、しょうがないということで、、、

で、そんな時成長実験をしようと思っていたウーパールーパーが孵化してしまい
何とか告別式の後に急いでlabに行き、体長を測り、測った個体を別容器に移して来ました。

でも今日も疲れてしまい、一応研究所はお休みします。

大雨だし、、、

雨が上がったら、お返し用のパンフレットを買いに行かなくちゃ。。。

家族葬だったのでお香典はご辞退します。としたのだけれど、結構持って来てくれちゃって
「ありがとうございます。皆様」

色々、片付けなくちゃね~

体中痛いは、、、またロキソニン飲まなくちゃ



とりあえず、明日はバイトが入っているので今日はやることやったら休もう!

では、皆様 次回はたぶんウーパーの成長記録を記事にすると思います。

今日もちょこっとlabには行くよんww


まだまだ、実感のわかない おばぁでした。。。









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2010年04月19日 (月) | 編集 |
週末、バタバタしました。
あ、グロイのダメな人はここから読まないでねww  あと汚いのもダメな人本日はゴメンナサイです。


相当だから、ばあちゃんの介護での汚い、グロイことなので本当に外科的な事がダメな人は立ち入り禁止区域になります。












というわけで、家の長老は金曜日に久々にお風呂に入れてもらいとーっても気持ちよかったようで帰宅するとご機嫌でした。
というわけで、ジョクソウの処置も終わっているため長老とのんびり晩酌。。
お風呂で気持ち良くなって、気分アゲアゲな長老久しぶりにイスに移動しての晩酌を所望され、本当に調子が良かったのかいつもより30分位長くイスに座っていました。

すると、、、午後2時にお風呂に入ったと聞いているが、ウロバックに尿が溜まっていない。。。100mlいっているか?

うーむこりゃ要観察じゃの~
そして、土曜日の朝やはり200ml程度しか出ていない。。
こりゃ、訪問看護に電話して来てもらうしかあるまい。。と決心し連絡するも土、日はお休み。。。

緊急の時の電話番号は?
だーれも聞いていない。。。なんと。まぁ。

どーにかこーにか探して担当者に来てもらいました。。結果あまり尿も溜まってなかったのでおばぁの早とちりだったみたい、迷惑おかけしました。

だが、相当おしっこが汚い!
カテーテル変えたばっかりなのに、ドロドロの膿みみたいな物がベッタリ付着していて、おしっこがなかなか出て来ないのも頷ける。。。

看護婦さんが、「ご家族に膀胱洗浄の仕方を憶えてもらわないといけないかもね~」
としみじみ、、

やっても良いんですけど、時間がね~
長老はおばぁが会社にいく時は寝てるんだよね~

帰って来てからジョクソウの処置と、膀胱洗浄じゃね~
本人疲れて、文句言うに決まってる(困);

で、ジョクソウ見てみると、ジョクソウのある右側に体交したことないのに、骨頭部から膿みが出始めた(驚)
仕方ないので、その膿みを絞り出す。。痛みで暴れる長老、抑えていたおばちゃんの手に噛み付きそうになる。。。

あっこれ、人間の長老のことですよmm 猫の事ではありません。ちょっと見てると老猫の介護のようにも見えるので敢えて、人間であることを強調してみました。。

で、またまた看護婦さん「ジョクソウの処置を一日2回にしないとダメかもね~」

(oo)!なんですと!?

6月からバイトが始まるというのに、、5月は研修があるというのに、、仕事掛け持ちが始まるというのに、、
派遣の契約期間が満了になるというのに、、

時間が!!!お金が!!!

なんと先行き不安な事が次から次へと。。。

しかも、長老食欲全然減らないので、またまたまた、看護婦さん曰く「まだまだ、長くなるわよ~ww」
だって。。。

因に~ジョクソウの膿みを出したのも、ダメになった皮膚をカットしたのもおばぁでした。。。

あまり、痛みを訴える生物の処理はした事なかったので、痛みの反応にビックリしちゃった。。。

ごめんね長老。今度は痛く無いように皮下麻酔してからにします。

注釈:切った皮膚は本当にダメになった所なので痛くないですよ、、ただ、膿みを出した直後だったので、周りに炎   症があって、そこにハサミと手が触れて痛かったということです。。

訪問の看護婦さんにも、お医者様にもまだまだ生きるよw
と言われ、葬式の支度をしていたのが、毎月親戚一同がお見舞いに来るため
家中の掃除をして、整えなくてはならなくなり、長老にはバレないように要らない物を捨てに行く毎週末です。

どんだけ、ガラクタとってあるの?!?!という家ですww

祖父が画家だったため、創作途中のキャンバスなど、、長老が捨てられなかった物を捨てる役目になっています。。

いいけど、くたくただよ~(泣)

お金の心配しなくて良いようになりたーっい(吠)




2010年04月07日 (水) | 編集 |
本日は、暗いです。暗い介護の話なのでご覧にならない方が良いかも。。。
訪問者が少ないので、誰にも見られないと思って書いちゃいます。

祖母が、肺ガンと判明したのは8年前の初夏。少し汗ばみながら、早足でレントゲンとお医者様の手紙を持って駅に急ぐ。総合病院の医者から言われたのは、余命半年。
「ご家族で、今後の事を話し合って下さい。」と言われた。現実的に彼女を看るのは私しかいなかった。
「延命治療は一切いたしません。痛みにだけ対応して下さい。」「家で看ます。」即答した。
「では、こちらでする事はありませんので、結果をホームドクターにお渡し下さい。」と言われ、林先生の元に急いだ
急いだところで、彼女の寿命が長くなるわけでも安らかに死ねる約束が取り付けられるわけでもない。でも、急いだ。体が勝手に急いだ。

林先生の所に手紙を届ける。早口で、今後、私が取る行動を話す。
相変わらず優しい、静かに聞いてくれる。最後に「わかった。何でも言ってね、協力するよ」
いつものように穏やかに答えてくれた。焦っていた気持ちがやっと落ち着いた。
何を焦っているんだか。。。

本人には、私から告知した。
ショックを隠していた。想像した通りの反応だった。酷だとは思ったが、痛みが出始めたらわかってしまう事だと思った。嘘は突き通せない。だから、私も覚悟を決めて告知した。

それから、7年半彼女は、割とあっけらかんと元気に生きて来た。ケンカしいしい2人で暮らして来た。ガンだという事を忘れかけたある日、「アサコ、なんだか腰が痛くて仕方がないんだよ」「整形の病院に連れてって」

直感的に腰椎への転移だと思った。レントゲンを見た時確信した。転移だ。
ガンは大人しくしていた訳ではなかった。着実に進行していた。

そして、林先生に行き総合病院へ紹介状を持たされた。確定した。彼女の余命は持って1ヶ月。
「会いたい人には会わせておくように」
この言葉を聞くのは2回目だ。20年前、母が入院した時の医者の台詞だ。

とうとう来たか。。。

秋の陽が、赤く淋しく沈んで行くのを一人で見ていた。10月
孤独だった。。。

家に着くと、祖母と叔母があっけらかんと酒を飲んでいた。
やはり、私もあっけらかんと結果を報告した。
余命は言わなかった。言った所で既に90歳である。普通に寿命でしょ!

叔母にだけ話した。なんと言っても祖母の娘である。当たり前だけど。。。

必然的に2人で看る事になった。しかしながら、叔母は食事を作ることも苦手な出来損ないの主婦である。
介護と厄介事をしょいこんだのか?
それでも、祖母の生存確認は出来るはず。何とかなるさ!

日を追う毎にガンは進行していった。11月には這って歩くようになった。12月にはトイレに行く事が困難になった。床ずれもできた、ガンの痛みで左に向けない為右のチョウ骨に大きな床ずれを作ってしまった。しかし、本人は低反発マットも、エアマットも嫌だと言ってきかない。1月には、寝たきりになった。1月29日、血圧が低下床ずれの処置も外科に頼まなければならない状況のため、入院。2月1日病院から危篤の連絡。バルーンが留置され、食事も出ていなかった。医者は意識が混濁していて、何もわからない様子だという。

私「お母ちゃん!何にも解らなくなっちゃったの?」
祖母「ああ、アサコやっと来た!」
(何だ解ってるじゃん!?)
私「誰の事も解らなくなっちゃったって、お医者さんが心配してたよ!」
祖母「心配なんてするもんか!あのヤブ医者!」
(毒舌バリバリじゃん)
私「食欲が無くなって、食べなくなっちゃったんだって?」
祖母「まずくて食べれないんだよ」
  「お腹空いたから、お寿司でも買って来ておくれよ」
。。。。。

というようなやり取りの後、彼女は死んでも良いから家に帰りたい!と言うので2月8日退院。
医者は、「帰宅すれば、死期が早まることは覚悟して下さい」と言っていた。

もう、「死ぬ」と言われながら、退院して2ヶ月が経とうとしている。
彼女は今日も元気にうな丼をほうばる。痛みは日に日に増しているようだが、食欲は減らない。
彼女曰く「この世の中の美味しい物を全部食べてから死ぬんだ!」と言う。
でも、彼女の美味しい物とは、うなぎとマグロのお刺身、家族で一杯晩酌すること。

日がな一日ずーっと「助けて下さい!」「お願いします!」と叫んでいる。それは、私たちに向けられた言葉ではなく、ご本尊様に向けて、早く楽になりたいとお願いしているのだそうです。
でも、おかげで、隣のマンションの中年婦人が息子を従えて虐待しているのではないかと確認しに来る始末。

もう少し、小さな声で言ってくれればいいのに。。。

こんな生活も長くは続かない。知っているから頑張れる。でも、反面亡くすことへの淋しさも否めない。
後悔しないように、今は自分をこき使うだけこき使おう。
明日その日が来ても、涙を流さないように。





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