忘れっぽいおばちゃんの日常の出来事をメモしておこう。 私の可愛いファミリーの写真もいっぱい載せようと。。。 自己満足なブログです!
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2013年03月24日 (日) | 編集 |
こんばんは、犬の散歩に行かずワインを飲んでいる主人の傍らで
それぞれ、平和に寝ています。

ワインを飲みながらCSIニューヨークを見ていますがそのストーリーで
主人公が、公平さを語るし、被疑者も、この刑事は公正だから捕まるならこの刑事に
と後輩(ギャングの下っ端)に言う。
それを聞いていて昔の自分を思い出した。

私は、1歳の時に両親が離婚し、北海道から母の実家のある神奈川に来た。
そして、私は祖母に預けられた(置いて行った)

小さい時、自分が生きるために必死だった。
祖母と居る時はとても可愛がってもらえたが、母が再婚すると一変した。

母はステップファザーが居る時にはかまってくれたが、それ以外はあまり面倒を見なかった。
継父はインディアンの総長のような男で、血縁でもない私をファミリーとして受け入れ
分け隔てない愛情を示してくれた。
でも、母は違う、この男に愛される為に私を愛した。そういう愛だった。


だから私は、みんなに可愛がられるようにウソをつきだした。

失敗を隠すようになった。
そして、自分が可愛がられるために、彼らの本当の子供である兄弟のことも陥れるようになった、

私が失敗したら怒られるけど、彼らの子供である弟ならどんな失敗も許される。
そう思っていた、


そうやって、嘘つきな自分が出来上がって行った。


そして、 15歳 高校に入って、私はある友達に会う。
彼女は、バカみたいに正直だ。ウソみたいに正直だ。

私は、こんなに正直な人を見た事がなかった。
彼女の友達になって、色々若さの悪戯で本当に色々やったが
彼女がウソをつくことはなかった。

なんて潔い生き方だろう、、、、
私は、バカにしつつもその潔さを尊敬した。

そして、私は、ウソをつくのを極力やめた。

それは、よほど頭が良い人間しかウソは付けないということに気がついたから

嘘に嘘を重ねて、誰にどんな嘘を言ったのか忘れるようになる。
嘘をつくのが日常になると、どの嘘が本当だったのかわからなくなる。

人生でさえ嘘になっていくような、、
嘘という浮き石の上に立っている様なその不安定。

心は休まることがなく、どんな時にも考える。
この人には自分という人間をどういう人間だと言ったのだろう、、、と

休まることはなく、誰も信じられない時を過ごした、
でも、それも小さい自分にとっては生きるための知恵だった。

しかし、彼女はいつもまっすぐにぶち当たって砕けるタイプの人だった。

私には面白かった。

何度もなんで本当の事を言ったのか?と聞いてみた。
そうすると彼女は、??? なんて言えば良かったの?って

彼女といるのが楽しくて、そして、そんな彼女を尊敬していた。

そおして私は、彼女を真似しはじめた。
嘘はつかない。

そう、決して嘘はつかない。


嘘をつかなくなってから思った。
嘘は人を傷つける。
でも、真実は人を前進させる、どんなに残酷な現実でも
嘘を教えられるより、真実というのは力があり、人を強くさせる。

それがわかったから、私は嘘をつかない。
それでも、世の中にはついたほうが良い優しい嘘は存在する。

忘れないでいようと思う。真実を語る勇気を、誰かを守るための嘘を







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